X Crazyの書簡
written by
Xen
秘密工作員
→
テロリスト
→
国語教師
→
水道管工事
→
俳優
→
傭兵
→
営業マン
→
プータロー
を経て現在
凶器と狂気を持った野良犬
を生業(ナリワイ)としている
超危険人物
Xen
ちゃん
の
常日頃の
イカレタNo味噌
をさらけ出すページ。
[2006.06.14 13:26] 腐食
浮浪者がガリガリ君を
ガリガリ食べているのを見て、
先輩に同じ物をせがんだ
Xenです。
梅雨かぁ
いいねえ、雨
ジメジメしてるのがいいねぇ
カラッとして、爽やかな晴れはイライラするぜ。
眩し過ぎる太陽がイラつかせる。
乱反射して、避けられない光がイラつく
人殺したくなるぜ。
湿気が、
己の砂漠で
乾いた砂利を
ゴツゴツした岩石を
枯れ果てた木片を
しっとりと
ゆっくり
浸蝕して
黴ていく
じっとして
横になり
浸蝕されていく
感覚に溺れていく
キラキラしていた
情熱が
一瞬一瞬
腐って
黴ていく
ドロドロと
顔から脂っこい
汗がにじむ
あぁ
やっぱり
イラつく
さてと、
ぎっとりドロドロの
熱いラーメンでも
食べに行くかあ
その後、走ろう。
[2006.06.08 23:15] 鼻毛
大きく息を吸い込む
様々な粒子が体に入り込む
鼻にこびりついた粒子
湿ったコンクリート
ペチャンコの猫の破片
浮浪者のため息
病室の消毒液
禿オヤジの吐瀉物
撫で付けたポマード
焦げた新聞紙
黒く液状化した死体
彼女の匂い
それらは洗っても取れない
バリ、バリ、バリ
だから、鼻毛を切る
けれど、現象は消えても
それらは、消えない
[2006.06.01 02:23] ペラっペラ、でお気楽
いやぁ、まったく驚いております(@_@)
管理人に映画の
索引
というものを作っていただきました。
そしたら、俺も知らない監督の名前や誤った作品の名前も丁寧に訂正されておりました。イーオンフラック→イーオンフラックス等。どーでもいい映画なので、作品名も誤っておりました。
ここに謝罪します<(__)>
そして、カッシーに感謝!
てなわけで、評価を付けていない作品については、気が向いた時に、点数を付けるつもりでおります。
つまり、今は気が向きません。どーでもいいからねん。
まぁ、また管理人が補完するのだろうなぁ。恐縮!
最近マジ映画ばかり観ているので、世間のフツーでまともな女性とコミュニケーションがうまく取れなくなってきました。あは。
それは、仕事で馬鹿、気違い、ガキンチョ等を扱い過ぎて、まともな人間と付き合う機会が薄くなってきたからだと、思うのです。あはあは。
元々、精神年齢が幼いためか特に馬鹿ガキやヤーコーとは話しが合います。あはあはあは。
今、怖れるべき状況におるのです。あはあはあはあは
受動的世界へ没頭し。
舞w世界を体現し。
偏り過ぎたコミュニケーションを好む。
敢えて他人と係わり合いを持ちたくないとツッパリ。一方では、人恋しく思う身勝手さ。
自己矛盾。されど、自己完結。
嗚呼、気楽なものよ。
そうだよ。
ペライよ。薄っぺらいよ。俺の人生!
まっ、いっかあ(^O^)
明日映画でも観に行くかぉ
[2006.05.17 23:57] 台風人間S
台風は大好きだ。
小学生の頃、台風が来ると、日本一汚れた川が氾濫し、小学校は水浸しになった。
通常、車が通る道路は、ボートが浮かんでいたりした。
交通網が遮断され、大人達は、慌てふためいていたが、
私達子供は、汚れた水の中お高「無しでズンズン歩き回ったものだった。
日常と違った光景を目にすると、妙にワクワクする。
妙な高揚感ともに台風が過ぎ去った後は、空気は澄み爽やかではあったが、
水に沈んだ汚れた街は、不思議な静寂とともに妙な寂しさも去来した。
仲の良かったS先輩は台風のような人物。
最初の配属が同じ場所であった。
S先輩の変人ぶりは、移動が間もないにもかかわらず、すぐに知ることとなった。
朝出勤してくるとひときわでかい声で、怒鳴られている若者がいた。
偉そうに机にふんぞり返り私は馬鹿な上司ですといわんばかりの文言の数々を机の前の若者にぶつけていた。
私は、当時一番の下っ端で掃除のためその係りで最も早く出勤し掃除をしなければならない。
前日の当番が朝まで仕事をするため、違う係りのこのような場面に出くわしてしまう。
箒を持ち床を掃きながら、出勤しきたばかりで朝からうんざりだなと思い、怒鳴っている方向を見ると
怒鳴られている若者は、私と歳近そうなひょろっとした男だった。
若者は、色黒で、髪はボサボサ。目は細く、メガネをかけており、パッと見た感じはネズミ男のような風体である。
怒られているにも係わらず、時折笑顔を覗かせてしまい、よそから見てもあれじゃあ反省の色がなさそうだと取られてしまう。
しかし、笑顔は愛嬌がある。
まあ、怒られやすい人間とはこういうものだ。
身だしなみがだらしなく、仕事がいい加減な人間。
反省なんぞはしているのかしていないのか分からないが、言い訳だけは人一倍上手な奴だ。
それがS先輩であった。
怒られている原因は、「ヘルメットをかぶってバイクに乗れ」というものであった。
彼はしばらく自転車に乗るときもヘルメットをかぶることになった。
しかし、見かけと中身は大分違うものである。
大学は、某国立外国語大学卒業後、某道路公団に入った。が会社を辞めて、うちの会社に。
会社の研修においても非常に優秀な成績を修めて卒業してきた人物。
余計に興味をそそられる人物である。
へえ、うちの会社にもこういう人物がいるのかと興味を持った。
私は、変わった人間が大好きだからだ。
常識論を振りかざし、正論で物事を言う奴はウンザリする。
うちの会社には、ウンザリするような人間は大勢いるが、この男は、全然違う雰囲気を漂わせていた。
第一印象は、このように余りよろしくないものであった。
親しくなるには余り時間は掛からなかった。
そのうち、食事も一緒に行くようになった。
そして、人となりも分かるようになってきた。
S先輩の趣味はマラャ刀B
私も陸上をやっていたが、基本的に陸上やる奴は何処かおかしい。もちろん頭のことだ。
常識以上のことを黙々と脇目を振らず猪突猛進する人間が多い。コツコツやることなんて屁とも思わない。
頭のネジがどうかなっちゃっているので、苦労を苦労と思わず、頑張ってしまう。そんな、無茶な奴が多い。
彼の場合は、常識以上の走り好きである。皇居の周りを走りに行こうと誘われたことがあったが、丁重にお断りした。
もちろん出勤も、走ってである。
いつか、いつも背負っているリュックサックを見せてもらったことがあった。
肩や背中があたる部分は、潮が吹いていて、汚らしいものであった。
また財布は、ビリビリに破れたもので、財布としての機狽保っていられるか心配なものを使用していた。
金を一杯持っているのだから買えばいいのにと言うと、愛着があるとかどうのこうのと言う。
リュックから数時間毎に砂糖のスティックのようなものを取り出しては、口の中に放り込んでいた。
何ですかと尋ねると、「これを飲むと痩せるんだ」といっていた。
どうもアミノ酸というものらしい。値段を聞くと結麹b「。
続けて先輩は家族のことを話した。
「うちの家族は、俺以外、みんなデブ。俺はいつも走ってこれ飲んでるから大丈夫だけどね」と得意気に語った。
まあ、金の使い方は人それぞれである。
2月頃に、北海道に数人で旅行に行った時のことである。
S先輩は、毛玉が一杯着いているようなフリースを着ていた。
私と言えば、これ以上は着れないてえくらい着込んでいた。
スキー旅行ではあるが、北の大地には誘惑も多い。
私達も多分に漏れず、キャバクラ等の風俗にも行った。
その後、刺身や蟹なぞの贅沢な食事をしながら、寒くないっすかと尋ねると
「さすがに、北海道の女の子もびっくりしていたよ。」
といってフリースを脱いだ。
素肌。
この人、真冬の北海道を本当にフリース一枚だけ。イカレテいる。
寒いのに慣れている北海道人もそりゃびっくりだよ。
翌日、皆がスキーをしている間も、小樽に行くと言って走っていった。
真冬の北海道で路面は凍結しており、走りにくい。
さすがの北海道人も感心していた。
馬鹿である。
S先輩には彼女もいた。
よくコンナ人に彼女いるなあと感心していたが、趣味が同じだそうで。
世の中うまく出来ていると思っていた。
デートは何処行くんですかと聞いた事がある。
「マラャ刀v
という答えだった。デートにまでマラャ唐ニは・・・。
以前勤めていた会社を辞めた理由も
「マラャ刀v。
勤めが忙しく、時間が取れなくなったので、走れなくなったのが嫌だった。というのである。
馬鹿だ。
しかし、あるときからS先輩の異常性が加速していった。
彼女と別れた。からだ。
詳しい事情は分からないが、デートにまでマラャ唐セもの。当然ちゃあ当然。
あるとき、一緒に飯を食べに行った時である。
「チョット停まって。」というので車を停めた。何の変哲もない住宅地である。彼はキョロキョロしている。何かを探しているようだ。
「なんですか。こんなところで」と言うと、
「そこが、クイーンの家だ。知ってた?」と言う。「もうそろそろバイトかなあ」と呟いていた。
呆れた。
良くいくコンビニでバイトをしている女の子に、彼はニックネームをつけていた。
一番のお気に入りがクイーンで、二番目がミサキ君なのだそうだ。
ミサキ君とは、キャプテン翼でいつもチームの2番手のキャラクターから名づけていた。
バイト先の女の子の家まで突き止めるとは・・・。
「ストーカーじゃねえか、変だよ変。」
と私は涙が出るほど大笑いした。
しかし、笑ってはいたが、この人はマジやばいと思った。そのうちに何かしでかすと・・・。
素行は非常に怪しかったが、もともと頭は半端じゃないほど優秀であったため、さっさと昇任して異動していった。
2トントラックに山のように荷物を積み、私達がともに暮らしていた寮から笑顔で出て行った。
彼は「お世話になりました」と会心の笑みで手を振った。荷物の中にピーポ君が混じっていた。
私達はそれを眺めつつ、数人で見送った。
それから数年後、ワールドカップの仕事についたときの話である。
一日の仕事が終了し、周囲が暗くなり始めた頃、別の先輩とSちゃんどうしてっかなあと彼の様々な伝説をお互いに語りだした。
その先輩が、「あ〜こっち来てねえかなあ」と呟いた瞬間。
我々の横を黒いものが掠めて行った。
ランナーだった。呼び止めると、もちろんS先輩。でも、サッカー場の近くで何を?
聞くと、その日同じように仕事だったそうで、今から帰るところだった。
しかし、浦和からS先輩の家まで何キロあるんだよ。
聞くと、笑いながら
「3時間くらいでつくよ。」「じゃあ、また」
と言って笑顔で手を振りながら、走り去って行った。
いつも通り背負っていた潮吹きリュックが、我々の場所から遠く離れて、駆けていった。
台風みたいな人だ。周りをかきまわし、わくわくドキドキさせる。
去った後には、爽やかな青空をのぞかせる。そんな気持ちのよい人だった。
彼を見たのは、それが最後であった。
私の会社の食堂には掲示板がある。
そこには、健康についてのことや、地域のニュースらしきもの等々が張り出される。
いつも、どうでもよい情報が張り出されていたが、たまに重要な知らせがあるので見逃せない。
ある日、食堂の掲示板には、4号の再生紙に、葬式の日取りとS先輩の名前のたった3行にも満たない文字が記されていた。
S先輩の葬式の知らせ。
わが目を疑った。
いつも何を言われようが、何があろうが堂々とし、笑顔が固まったような人であった。
何かの間違いに違いない。家族だろう、本人じゃなく家族が亡くなった知らせの間違いだろう。
絶対に考えられない。若すぎる。
情報を集めた。
が、結果死亡は間違いなくS先輩であった。
彼は職場から1週間姿を消した。
貯金はすべて下ろされていた。
見つかった場所は、都内の小学校。
首吊りによる自殺。
原因は、はっきりとしないが、いじめだったとか女が原因とか様々だった。
腹立たしい。やりきれない。なんとも苛立たしい。
死亡3日前に電話で話したと言う先輩からも話を聞いた。
しかし、普段と変わらないものだったそうだ。気付いてやれなかったと大きな声で私に言った。
彼が死んでから数年。私は、たまに彼の話をするときがある。
「おかしな人がいてさあ。」そんな話の始め方から入る。
しかし、彼が死んだことは言わない。
いまだに何処かを小汚いリュックを背負い、走っているような気がするからだ。
その辺でばったり逢い、意味もないたわいのない話をして、
「じゃあ、また。」と言って笑顔で挨拶を交わす。
そして、晴れやかで爽やかな気持ちにさせてくれる。
そんな気がしてならない。
[2006.05.13 01:49] 映画館へ行こう。「V フォー ベンデッタ」鑑賞
最近では、私が住むいわゆる地方においても簡単に映画館へ足を運べる事が出来るようになった。
映画館に行くには、ちょいとお洒落な格好をして、銀座あたりで映画を鑑賞することは、遠い昔の話。
今では、スーパーで買い物をしてついでに映画でも観るかと非常にお気楽な存在となった映画館である。
とうの昔からモータライズ社会のアメリカでは一般的であったスーパーやらなんやらがごちゃ混ぜになった
「ショッピングモール」
が、ここ数年で日本の地方都市に普及し始めている。
私が以前住んでいた場所でも、5年の間に5箇所はショッピングモールが作られていった。
そのため、弱小な商店はさらに肩身の狭い思いをするようになった。
よく顔を出していて顔見知りになったコンビニの親父も、そのためにコンビニを閉店してしまった。
「ショッピングモール」の中には最近では映画館を設けるところも多い。いわゆる、
「シネマコンプレックス」
通称シネコンというシステムの導入された映画館である。
映画を観る人、買い物をする人それぞれが相乗効果を生み、利潤がでるというわけだ。
そのため、年々映画館の数が減少していた数年前とは様子が変化し、全体数から見ると増加傾向にある。
だが、学生のころのように、アンパンと牛乳を買い、一日中映画館にいるというようなこともこのシステムでは無理である。
毎回かける映画が変わるため、そのたびに入退場が余儀なくされる。映画館で眠くなったから眠って、次の回を真剣に観ようかということもできない。
しかし、マクロで見てみれば増加している映画館ではあるが、ミクロの視点では、昔からある映画館は閉館されているところも多々ある。
わざわざ映画館に行こうと身高ヲることなく、気軽に行くことの出来るスーパーに行けば映画が鑑賞できるからである。
いわゆる純粋な映画館は徐々にシネコンによって姿を消していっているのが現状と見てよい。
最近映画館が無くなっていったのを目の当たりにした。
ポケモンだのなんだのフツウの映画ばかりをかけていた映画館ではあったが、閉館が決定した後、館主の趣味が爆発。
「ガキ帝国」「けんかえれじー」「網走番外地」「砂の器」「人間の証明」等々昔の日本映画の傑作を上演するようになった。
最後の作品は黒澤明の「七人の侍」であった。泣ける。
最近では、本当に姿が減ってしまったのは、名画座であろうか。低価格で何本も映画が鑑賞できる機会が今の学生には無いのは可哀想である。
私がよく行っていた映画館「文芸坐」「並木座」等々姿を消していった。
特によく通ったのが池袋の「文芸坐」であった。
いかがわしい風俗店が立ち並び、それらを潜り抜けた場所にあった。
映画館正面には、ギリシア神話の女神のレリーフが施されていた。
当時童貞(現在も)の私はそれに向かい脇目もふらず、足早に映画館に向かった。
会員になれば安い料金がさらに安くなるので会員になっていた。日本映画をそこでよく観たものだった。
大画面で黒澤明作品、小津安二郎作品等、昔の日本映画を数多く観させてもらった。
椅子は悪く、長時間座っていると本当に疲れてしまう。
段差が少なく、前に人が座ると頭が気になる。
フィルムとフィルムの繋ぎが悪く、ま白い画面が映し出された。
そんなでも、いちいち文句を言う奴はいなかった。
真昼間から汚らしいオヤジがよくいた。何やってんだろうこの人らとよく勘繰ったものである。
オヤジ同士の喧嘩もよく目にした。頭が邪魔だの何だのと、後ろの席のオヤジが前の席のオヤジの禿頭を叩いたり。
そんなことはよくあった。
次の上演が始まるまで外廊下で待つことがある。廊下には、汚らしい小さな椅子が並べられている。灯りは弱々しい。
ある日の話。かわいい女の子が座っていた。文芸座では珍しい。
私は近くの席に座り、哲学書を開き読みふけった振りをしているのだが、本当は声かけようかどうしようかナンテことで心中ドキドキしたり。
でも、奥手な私は、そのときには声をかけられなかった。童貞とは、そんなものである。
映画を観ている間も、頭からその子のことが離れない。映画が頭に入ってこない。
映画館を出るとき、映画館を出る大勢の観客の中からその子を探していた。なかなか、分からない。背が小さいためである。
諦めかけたそのとき、映画で泣いた目をこすりながら彼女が現れた。いたっ。
私は意を決して、声をかけた。「あのう」と小さな声で。
そのとき、声をかけた瞳の大きな背の小さかったかわいい女の子は、
今私の家の台所で今日の献立を考えている。 うそ
ともかく、姿を消すと聞いたときにはなんともいえない寂しさが去来し、いてもたってもいられず最後の雄姿を見に行った。
「文芸坐」がなくなったとき、青春も終わった。
文芸座は新文芸座として復活を果たした。
だが、新文芸座の映画館はパチンコ屋とドッキングしていた。例のレリーフも無い。総合アミューズメントを気取って再開したのだろうか。
ドキドキしながら、映画館に向かう昔の気持ちは、今では当時の半分も無かろう。
買い物袋をぶら下げて、行くのだから。
それでも、暗闇の中、大画面をみて、大勢の人が同時に笑ったり泣いたりする映画館は大好きだ。
テレビのように眼に直で光が差し込んでくるのとは違い、間接照明でもある映画館の光は柔らかく、温かみがあるように感じられる。
暗闇という演出は、すっと画面に意識を集中させる。暗闇はドキドキを演出し、デートにも利用されるのは、至極当然。
人によっては、暗闇の中、手を握る握らないが物語りよりも重要なのである。
まあ、私にはどーでもいいが。
昔、ゲイムービー特集をオールナイトでやったのを見に行ったときのことである。
断っておくが、ゲイに興味があるのではない。
映画研究に熱心だったので古今東西を問わずいかなるジャンルの映画を観ることも苦にはならなかったので観に行ったまで。
「カウガールブルース」「マイプライベートアイダホ」等々だったように記憶している。
ともにガスバンサント監督で最近は「ラストデイズ」「エレファント」「グットウィルハンティング」で有名。
私はこの監督はゲイ映画の監督としての認識が強い。「マイプライベート〜」はニルバーナのカートコバーンも影響され、
自ら「居眠り病」と吹聴してまわったのはこの映画の影響とされている。
映画館に入ると一目で外人と分かる奴が座っていた。
私はみっつくらい席を置いて座って鑑賞した。
映画が始まっていたにも拘らず、その外人はジーーーッと私の方ばかりを見ている。
気にしない振りをして、画面に意識を集中した。
やはり、気になり見ると、一つ席をこちら側に移している。あれっ、勘違いかなとも思いまた画面に集中。
しばらくすると、また一つそいつは席をこちら側に移した。少しづつ近づいているのだ。
ふと、気が付くとすぐ隣の席にそいつがいる。
まさかと思ったが、さらに気付かない振りをしていたら、なにやら手が触れている。
外人が俺の手を触ろうとしている。
っともう我慢できず、席を遠くに移動した。
なんて事を思い出した。死ね、ホモやろう。
まあ、映画館に行けば色んなことがあるものだ。
話は大分逸れたが私の住む家から5分程度の場所に大型ショッピングモールがある。
そこにはシネコンがあり、今日もそこへ一人で行ってきた。
5分くらいだとコンビニ感覚で行けてしまい、さらに深夜料金だと格安になるので、夜中に観に行くことが多い。
家でアホなテレビを見るよりはましな時間の使い方だと思うが。
う〜〜〜〜〜〜ん。ちと寂しいな。
「V VENDETTA」
この映画、ロリっぽいのが好きな奴にはたまらないんだろうな。
脚本は、「マトリックス」で有名になったウォシャウスキー兄弟。いや元兄弟。
今は兄妹。(一人は自分は女だと気付いて、性転換した。)
というので、注目作品ではあった。
今世紀最大のクラf画スターウォーズ新三部作に出演し、すっかり私の中でお株急落のナタリーポートマンが、
小さな胸で依然としてロリロリな雰囲気であり、何を演じても同じようなダイコン?演技を披露し、少々ウンザリ。
「レオン」の時には演技に感心したものであったが・・・今はなあ・・・あまり成長してねえなあ。
ストーリーは、第3次世界大戦後の独裁国家となったイギリスの革命のお話。
日本において、民衆による革命なんぞはかつて一度も無い。日本人の私が観ても全然共感しない。
沫ヘによる革命。非沫ヘによる革命。いずれもくだらない。かなり、ん?な感じ。
まあ、左よりの人間が観たら目頭熱くし、「日本人も目覚めよ」みたいな事を言い出しかねない。
この映画をみて感動している奴は、左?と怪しんでよし。
とにかく、子供だましの三文映画。ロリ好きな奴必見映画。
星☆☆☆。
本当なら星一つだが、独裁者を演じたジョンハート等英国俳優陣の演技が意外に良かったから。
ともかく、映画はビデオで観るものじゃない。
晴れた日にも、暗闇へ行け。ドキドキしろ。大勢で喜怒哀楽を体感しろ。
そして、映画館から出て、明るい外へ出たときのギャップに眩暈をおぼえろ。
それが、映画を観るという経験なのだから。
ちなみに、私は家に映画館があります。うふっ。
[2006.05.11 15:23] このアドレスを見てね
徹夜明け〜!
仕事やっと終わった〜!!
\( ̄▽ ̄)/TOOLアル
バム届いたー、サイコー
[2006.04.30 01:32] 「妖怪大戦争」鑑賞
俺は馬鹿馬鹿しいのは、大好きだ。
記録に挑戦ドミノ倒しをはじめ、やけにでかいセンベー、山手線の駅名全部言えたり、オッパイがでかすぎたり、歩いて北海道縦断したり等々。
今回、馬鹿馬鹿しい映画を多作している監督、三池崇史、鈴木清順に注目。
三池崇史。
いまどき、これほどまで短期間に作品を多く輩出している監督は珍しい。
スピード主演のアイドル映画からヤクザ映画、時代劇までジャンル問わず映画界の偉才いや奇才である。
とにかく人気がある。
なぜなら、理屈などどうでもよい勢いがどの映画にもあり、観ていて痛快なものばかりだから。
いい加減に撮っているのではなく、撮れるならどんな落Zでもそれなりに撮ってやるぜの職業監督なのである。
観客を意識して作っているのか分からない、撮っていて楽しいものを追求しているに過ぎないのか。
観ているものに説明をしないやり方で、難解なものも多い。
とくにスピード主演「アンドロメディア」の最後は桝魔ノつぐ桝磨Bマジ笑った。
作品一つ一つを吟味するまでもない映画が多いことも確か。馬鹿馬鹿しいものばかり。
まあ、面白きゃいいって感じなんだろうなあ。
三池作品の中で観てもいいと思う作品は、
「牛頭(ごず)」「殺し屋1」「ゼブラーマン」「交渉人」。星4つ。
「SABU」(山本周五郎の名作)が星3つ。
「着信アリ」「IZO」「アンドロメディア」が星2つ。
他にも大体見ているとは思うが、突出してしているのは以上。お気に入り。
「牛頭」
映画のポスターを嫌がらせで一緒に住んでいた後輩の部屋に強制的に唐阨tけていた。
気味悪がっていたなあ。でもいつの間にか剥がされて、冬のャiタのポスターになっていた。
ちっ。思い出して、不快に。ぶっ殺す。
頭のいかれたヤクザをヤクザ墓場へ捨てに行く(この時点でよくわからん)荒唐無稽で意味不明な物語。サイコーに馬鹿馬鹿しい。
「殺し屋1」
山本英夫(今は「ホムンクルス」で再注目)原作の人気漫画の映画化。
漫画を所有していたが、同居の後輩の部屋に嫌がらせで置かせていた。
気味悪がっていたなあ。
ものすんごいSMの姿を忠実に描写。拷問のシーンは必見。チョーサイコー。
「ゼブラーマン」
宮藤官九郎脚本の大ヒット作品。白黒つけるゼのあれ。馬鹿馬鹿しい。サイコー。
「交渉人」
五女昼M久原作。クラf画、真下なんとかとは違うよ。コッチの方が数段上。最後は泣いちゃった。てへっ。
「妖怪大戦争」
☆☆☆
相変わらず説明を一切しないやり方は、理不尽。まったくもって馬鹿馬鹿しい映画。
けど、面白いんだんなあ。
チームプロジェクト「怪」のテロップがでて、驚いた。
荒又宏、京極夏彦、宮部みゆき、そして水木しげる。へ〜〜え。ちゃんと観ようかとチョット思った。
本人らもチョット出演。
映画の冒頭では、境港の街中の様子も出ていた。カッシー必見。
最後の最後。成長した主人公が出てきて、皮肉な終わり方のグー!!
いいねえ。馬鹿馬鹿しくて。
日本映画界(これは角川映画だけど)はこんな馬鹿馬鹿しい映画を撮らせる器量があるのだから、まだまだ捨てたモンじゃない。
馬鹿馬鹿しい映画撮りまくりの鈴木清順に映画を撮らせようとしなかった昔の映画会社はまだまだケツのアナが小さかった。
今なんかの方が度量がでかい。かも。
鈴木清順。
「けんかえれじー」「東京流れ者」「野獣の青春」「殺しの烙印」「関東無宿」「ツゴイネルワイゼン」が有名。いずれも星5つだな。
しかし「殺しの烙印」について、わけの分からない映画だと映画を観た社長の逆鱗に触れ、公開中止。
日活は鈴木清順を解雇。映画の公開、貸し出しをすべて禁じた。その後、訴訟にまで至った。
10年後、清順の監督復帰第1作「悲愁物語」は反省の色一切無しの快作だった。馬鹿馬鹿しさ炸裂。梶原一騎原作のスポーツSM映画。星4つ。
最近はようやく馬鹿馬鹿しい映画が評価されてきたので狸御殿など撮れるようになったが。
もうすぐ死ぬな。清順は。
まあ、その後は、三池に任せりゃいい。
また、カッシーの手動により記憶されるのかと思うと、恐縮。垂オ訳なし。
サンクス。
[2006.04.24 20:57] SOファー SOクロース
初めて玄関のドアはずしちゃった。
午前中荷物が届いたが、それがどう転がしても玄関のドアから
入らない。
荷物というのは、ルコルビジェのLC2ちゅう一人がけ用ャtァー。
もしやとは思ってはいたけれでも、全然玄関から入る大きさではない。
アセッタ。
折角金払って買ったャtァーだもの。
荷物運んできたサガワの兄ちゃんは、
「これからまだ全然配達が残ってますので・・・」
と言い残して、さっさと逃げて行った。
まあ、そんなものだ世間はよ。
先ず外枠の木枠を外してダンボールのみの形に。
これで入ると試してはみたが、あと数センチで入らない。
ドアの分邪魔で入れられない。
もう外すしかない。ドア。
合計18個のネジを外し、ドアを外した。
家にいるときは、オールウェイズモモヒキ。
なので一応は世間様と顔を合わせる事もあろうかとジーパンなんぞを履いた。
これでばっちりだ。
試してはみたが結局ダンボールでも入らない。
ので中身を出したらギリギリ搬入成功。
と此処まで一時間。
その後が疲れた。ネジを15個取り取り付け、ではドアをつけようかと試みた。
ドアが馬鹿に重い。このヘビーネスはただモンじゃない。
引越しのバイトを数多くコナシタ俺でもツライ。
うまくオスとメスが交わらないのだ。
やはりアナにボーをサシたりするのは得意ではない。
ドアを持上げること一時間。
ようやく鍵を閉められる程度にドアを取り付け、世間様と隔絶することにセイコウした。
性交してー。汗だくになりなら、ふと思った。
疲れた。部屋にいざそんなャtァを置こうものなら、異様に狭く感じる。
もともと狭いのに。全く余計な衝動買いをしてしまったものだ。ホントむかつくぜ。
買ったばかりのプロジェクターで、ャtァーに座りながら映画鑑賞。
ち、ちかい。
「チャーリーとチョコレート工場」「鳶がクルリと」
を鑑賞。
「チャーリー〜」ジョニーデップ主演。ティムバートン監督。
「鳶がクルリと」観月ありさ、哀川翔主演。薗田賢次監督。
ともに☆☆
両方とも見終わった後、「ふ〜ん、それで?」といった感じ。
特に「チャーリー〜」コンナ映画で面白〜いっはてゃいだ日本人は、低狽セね。
両方とも途中で観るの止めた映画で、ようやく最後まで我慢して観た。
結局、時間を無駄に過ごしたなあ。
あ〜あ。でも、どうでもいいよ。人生。
で、さらに「SAW2」も鑑賞。
☆☆☆
異様な映像は迫力あったけど、「SAW」を超えない。
でも、観なくても全然いいね。
この映画が言いたいこと。
「メメントモリ」。
死に直面した時から、生が輝いて見えるって。知ってるよ、そんなモン。
映画ごときが説教たれてんじゃねえよ。
何やってんだろうな。俺。鬱・・・。
[2006.04.21 03:07] 「セブン」「スクラップへブン」
数年前からホームシアターというものに興味があり、雑誌やらパャRンやらでシコシコ情報収集していた。
買おう買おうと熟考していたが、あっという間に幾年が経過していた。
元来優柔不断の性格で気の遠くなるような時間を費やしてしまい、後輩にも「いつ買うんですか。」と突っ込まれ続けてきた。
いざ、金が貯まってきたから買うかと思った矢先、思いつきでリッターバイク買っちゃたり。
まあ俺のせいだけど。なかなか買わなかった。
遠回りしたよ、マジ。
そして、遂にサンヨーのLP-Z4というプロジェクターを購入しちゃった。同時にスクリーンも。
俺に購入決心させたのが、視聴コーナーを設けてあるオーディオ屋さんの姉ちゃんであった。
顔は、小島聖に似ていてさあ。背は大体俺より一寸低いくらいで、スタイルは悪くない。なんつっても笑顔がたまらん。
視聴部屋で「暗くするともっとキレイに観れますよー。」なんつって扉を閉めちゃったりするもんだから、部屋は真っ暗に。
もう頭ん中は興奮さあ。
「えっ、いいの?チュウしちゃうよ、チュウ」なんて距離にまで擦り寄ったりして(おれから)。
そしたら「ええ匂い」がするんだなあ。
俺、真面目な顔して「こっちは黒が甘いですね。如何思いますか。」などと真面目に質問していたけんど。
頭ん中はもうすごい妄想が蠢いちゃってさあ。
脳内に蛆が湧いて、「そうか、春だなあ、春が来たんだなあ」だった。
春の匂いがしたんだ。その人から。
帰りの車の中にまで、春の香りが漂っていたよ。
ほんとだよ。疲れが飛んじゃったよ。満足して、なんもいらねーって気分になったぜ。
その姉ちゃんがなんだかんだ売ろうとしていたのが、前述のプロジェクターだったわけ。
てな訳で買っちゃいました。
アマゾンでねん。
その店じゃ買わねえよ、高いから。まけてくれたら買ってやったんだけどよ。
せめてチュウでもしてくれたらな、考えても良かったぜ。ビッチ。
で、早速記念すべきホームシアター完成視聴第1作は散々迷った挙句、
「セブン」
にしたぜい。
これが公開されたときには、俺の周囲は話題騒然だったなあ。
映画サークルの連中と飲みながら、監督デビットフィンチャーの考える形而上学を語り合ったものさあ。
DVDで何回も観たけど、改めて90インチの大画面で観たら、気持ち悪くなってきたよ。
初めて吉祥寺の映画館で観た時の感覚と似ていたなあ。ヤッパ大画面は違う。
音なんか大きく出しちまって、ご近所迷惑カンケーなし。
今、ウーハー壊れちまっていて5.1チャンネルではなく、5チャンネル仕様で。
俺んちの狭い部屋、暗い部屋で馬鹿でかく映し出された死体が、俺の脳裏に深く刻まれちまったよ。
観ていて思いだしたけど、犯人の名前「ジョンドー」なんだよなあ。
俺の好きな映画「群衆」の主人公と同様の名前。ってまあ、「ジョンドー」は日本で言えば「名無しの権ベー」ってことなんだよ。
つまり、「誰でもない者」。裏を返せば、「すべての人間」ってことになる。判りやすい記号論というか一般化だなあ。
この映画で言いたかったこと、「すべての人間は、罪人である」ってーことが犯人の名前に含まれていたんだヨねえ。
ただの犯罪映画じゃねえ。これは間違いなく名作だぜ。
最後は泣いちまったよ。何度も観ているのに。☆☆☆☆☆
その前日に観た映画は、「スクラップヘブン」でした。
☆☆☆☆☆
これ観ていて、フィンチャーの別の映画「ファイトクラブ」思い出したんだよね。
最近の中では群を抜いてよく出来た映画。
観に行きたかったけど、ミニシアター系の映画らしく近くで公開してなかったから、ようやくビデオ化されて。待ちに待ったよ。
主人公の警察官にメチャクチャ感情移入しちまった。
バスジャックに偶然居合わせた3人。
さえない警察官、いかれた男、片目のない女性はそれぞれ心に傷を負いながらも、不器用さゆえにどうすることも出来ない。
警察官はいかれた男に誘われるままに、他人の「復讐代行業」を始めるが・・・。
監督は「69」で宮藤官九郎とタッグを組んだ、今乗り乗りの李相日(リ サンイル)。同い年。
主演は加瀬亮、オダギリジョー、栗山千明。
日本映画最高だぜ。これからもドンドン日本映画観まくるぜい。
というわけで、引き篭もり度数が55パーセントから95パーセントにアップされて、俺がより不気味になること間違いなし。
ふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇふぇえふぇふぇふぇふぇふぇふぇっふぇ。
残り5パーセントが仕事。
[2006.04.15 14:15] 「銀河ヒッチハイクガイド」鑑賞
非常に低脳な合コンに多用される愚問について。
「好きな映画は?」
このような質問は、「コミュニケーションの絶望」「言葉の無力さ」を信仰している僕にとって、
其れをきっかけに互いの共通項を見出そうという無駄な努力をする馬鹿げた人間ドモがする質問
に過ぎないと感じさせる愚問である。
共通項の多さを他人に求めること自体無駄な行為だ。
僕にとっては、其れこそ「奇跡」を求める狂信家ではと疑わせるに等しい問いである。
人間は、すべて違う。
自分と全く同じ思想の奴はいない。
「俺はお前じゃない」し「お前は俺じゃない」
本当にウンザリな問いだ。
他人の中に自分を求めていることが多い奴ほど、共通項を探したがるものだ。
それでその人の本質や人間性が分かるわけでもなかろうに。
そんな質問などは、めんどくせいから、はじめから気持ちいいことを求めりゃいいじゃんか。
馬鹿な男連中は、
だからこのように言い換えろ
「セックスする?」
にな。
そして、僕にそのような質問をする奴にはこう答えてやりたい。
「お前は、誰だ。」「何故生まれてきた。」「自分だけが特別か?」
とさらに馬鹿げた質問で返答してやりたい。
が、しかし、高校生の頃、このように日常最もありふれていて、馬鹿げた無駄な時間を浪費する最も多い問いに対しては、
「未来世紀ブラジル」
と返答していた。
こう答えると、「ふ〜ん」と興味ありげな様子など露にも感じさせない返答がくるのが常であった。
そういった経験の連続が、僕を「コミュニケーションの絶望」信者にさせた。
まあ、僕自体に興味を持たれていないってことだが。鬱・・・。
昔は、この映画の素晴しさをウンザリする程の熱を持って語れたが、今では、無気力で全身を覆われた僕にはどうでもよい。
「たかが、映画」だからだ。
他人に面白いから観てくれなどと傲岸な態度は露ほどもない。
言っておくけど、これは映画の紹介の欄ではなく、自動記憶装置として観た映画を記載しているに過ぎない。
カッシィー、まじサンクス
まあ普通の高校生が、観るような映画ではない。
この映画をきっかけに興味を持ったのが「モンティパイャ刀vであった。
「未来世紀ブラジル」と「モンティパイャ刀vは思春期(童貞時代)における重要な人間形成に最も影響を受けたといっても過言ではない。
「モンティパイャ刀vとはケンブリッジ大学出のインテリお笑い集団の総称といったところか。
幼少期大好きなNHKで「空飛ぶモンティパイャ刀vとして放送されていたこともあった。
現在のテレビ業界においてこれほど影響を与えた番組は無いと思う。
すべてのテレビの歴史は「モンティパイャ淘O」「モンティパイャ東縺vに分けられる。といっても過言ではない。
「モンティパイャ刀v出身の監督が今でも大活躍?のテリーギリアムである。
テリーギリアムの作品はDVDでその作品の多数を所有するほど好きである。
代附は「ブラザースグリム」「12モンキース」「バロン」「バンデッドQ」そして「未来世紀ブラジル」
「銀河ヒッチハイクガイド」
SFはとても大好きだ。
特に、現実離れしていればしているほど作家の妄想力に感嘆するばかりである。
今日観た映画「銀河ヒッチハイクガイド」もモンティパイャ棟o身の原作者が書いた名著の一つを映画化したものである。
宇宙空間にバイパスを造るために破壊された地球。その唯一の生き残りが普通の冴えない英国人。
宇宙一ベストセラーの本「銀河ヒッチハイクガイド」を片手に、珍妙なキャラクター
「鬱のロボット」サイコーにかわいいキャラクター(役立たず)
「ロックスター気取りの宇宙大統領」
「風変わりで魅力的な女性」等々とともに宇宙を旅するといった物語。
陳腐なストーリーを意味ありげに思わせるテーマは、
「生命と宇宙と万物に関する究極の答え」に対する「究極の問い」を求める
旅だからであろうか。映画を観ていないとよく分からないかもしれないが、これが笑える。
モンティーパイャ唐轤オいシュールで哲学的、諧謔的なストーリー。
映像も、MTV出身のガースジェニングスが担当し非常に面白いものに。
☆☆☆☆
とにかく、万人に観てもらいたい映画である。万人が理解できる映画ではないが・・・。
えっ、最初の方で言っていることと違う?
「いいだろ!!!人間とは矛盾した生き物なんだよ!!」
「やっぱり寂しいんだなあ。だから他人に共感を求めるんだろうなあ」
とちょっぴりおセンチに。俺なんか・・・。どうせ・・・。鬱・・・。
[2006.04.14 23:27] Living In Sin
ヨガクラス、
オマタをおっぴろげる体位
卑猥な妄想で一杯
ややボッキン
おお神よ、罪深いコンナ私を許してください。
そして、思い出しボッキン。SHITっ!!!!!
[2006.04.13 21:54] 今日の意外と平気
半年前に消費期限切れの豆腐をゴーヤチャンプルに。
全然平気でした。
「大丈夫かそうでないかは嗅げば判る(^^ゞ」
五感で活きろ!
[2006.04.11 12:10] 今日の漢(おとこ)っぷり
料理をしながら、くわえタバコ。
おティんぽ握りながら、くわえタバコ。
その後、料理を食べながら、くわえタバコ。
[2006.04.09 11:02] 今日のメメントモリ
ドス黒い闇が、こんにちはを言う。
昼休み、若葉を踏み締め、土手の芝生に横たわり、変な形の雲を見る。
あれに乗って逝こう。
ドス黒い闇が、ヌルリと股間から全ての細胞に行き渡る。
ボーイングが此処からは小さく見える。
あれに乗って逝こう。
ドス黒い闇が、視界一杯に拡がりゴミばかりの川を染めあげる。
バイクの音が此処からはうっすらと聞こえる。
あれに乗って逝こう。
ドス黒い闇が、全ての毛穴から溢れ出しそうだ。
迷子を知らせるアナウンスが錆びた盲目の街に響く。
あっそう。だから?
ドス黒い闇が笑う。
ただティッシュにへばり付くだけの生死。
近くでカラスがカァと鳴いた。
[2006.04.04 01:43] 初心に帰るならば
仕事の日を挟み丸々五日はいじってなかったので、帰るやいなやAsスーンAs捏ねくり回したXデス。
故に今、落ち着き払って、無我の境地にいます。
すっかり新居で眠りこけ、夕飯までゴチになり、恐縮ッス!奥さん!ノクサーン!また、無遠慮に伺います。次からぼかぁ郵便配達員になります!三回ベルを鳴らします!
てなわけで、ケータイからメールッス。奥様方!
初心に帰るブーム
に乗っかりました。奥様方!
原人会花見フェスタの欲求不満解消にと、今日は都内花見TOURを決行しやした。
都内は隅田川から九段、そして六義園。最後は草加市内の桜を見物。
で、分かったこと。
@
風があまりに強く、眼球に煙草の火種がぁ。
デモ、意外に熱くナインですなぁ。新しい発見がありました(^^ゞ
カンドーっす。熱いと感じる神経が眼球にはナインですなぁ。
はあはあは(T_T)アレっ
目から何か零れヤシタ。あっ、頬っぺたが濡れてる。ぼかぁ真っ青な空をミヤシタ。何やってんかなぁって。青色と淡いピンクがジワリ溶け合いヤシタ。
A
最近無性にサクラが。好・き・で・す。
そろそろ告っても良い頃だと踏み、言ってみましたが、フラれました。木は黙して語らず。
ぼかぁフラれ人生デス。なぁさくらぁ。
男「サイテーダァーッ」
女「サイテーって何?」
ヤッパ女はCOOLッス。奥さん!
[2006.03.19 02:09] よいB級映画って。
数年前、うちの会社の若い衆4〜5人で映画を立て続けに鑑賞する会「B会」を組織していた。「B」はもちB級映画。
若い連中の中に、名探偵コナン劇場版を鑑賞しに行く根性ある連中がいた。そこを見込んで結成した会であった。なかなかいけるもんじゃないいい大人が。コナンとは。
活動はこうだ。最近ではシネマコンプレックスというシステムを導入している映画館があるので、下調べせず、その場で会員の「ヤバイ」だろうと思う映画をチョイスし鑑賞するというもの。ヤバイとは、普通の人が観ないで人生を終えるであろう映画を「ヤバイ」と定義している。名画とは程遠い映画のチョイス。だいたい多数決で決議される。映画館でなくともビデオで良いじゃん映画。彼女には嫌がられそうで、観られないような映画。その欲求不満を解消する良い会であった。
B会における記念碑的鑑賞作でどうでもよい映画第1作目が「サラマンダー」であった。
素晴しく「B級」の出来であった。内容は、訳が分からんが世界中にドラゴンが蔓延し、人類の大半がそれにやられた後の話というもの。
いやあヒドイ設定だった。映画が始まって、10分で世界がドラゴンに滅ぼされる急展開振りもお口あんぐりであった。
客は基本的に少ないので声を出して突っ込みを入れる。その突っ込みどころ満載さがB級映画の素晴しいところ。会としては盛り上がった。
その後も、ゾンビ映画、くだらないスパイ映画、サスペンス映画、SF映画等鑑賞した。鑑賞に堪えられず居眠りしたこと数知れず。
異動に伴い、会に参加することもなくなったが、最後に報告があったのが、「ゴジラを観ました」というものであった。そいつが言うには「サイコーでした」であった。なかなかやりよる。
「イーオンフラック」
星☆
全く観ていて面白くなかった。乗れなかった。
よくあるSFの設定。ウィルスで人類が滅んだ後の話。
このような映画が製作され日本で公開していることが馬鹿らしいぜ。
たかが映画で教訓めいたこと特に努力しようぜというメッセージを中途半端に織り込むのは腹立たしい。ウザイぜ。
こんなの観に行く奴もろくなもんじゃねえ。俺を含めて。
どんな奴らが映画観てるのか客を見たが、スナック菓子を主食にしてそうな奴や「この後何しようか、ね〜え〜」とホモっぽい会話している男同士できている奴らや亭主の沫ヘに耐え切れず映画を観に来ている主婦とか倦怠期で行くとこがなくテキトーに映画にきたカップルとかそんなクヰl間ばかりであった。
俺の人間観察眼は相当なものだから、0.5秒でそいつの人生が分かる。みなクヰl間に間違いない。
まあ、俺も似たようなもんか。
☆一つの理由は、主演のシャーリーズセロンとか言う変な名前の女優のナイスバディ。これのみ。
突っ込みどころの無い本当に薄っぺらい映画。本当にハリウッド映画は嫌いだと思う作品であった。
[2006.02.16 21:18] 「群衆」と痴漢とネット
満員電車に乗らなくなって、何年が過ぎたであろう。
以前、通勤通学の時には絶対といっていいほど満員状態で電車に乗るのが常であった。乗車率200パーセント以上であったろうか。満員電車には、長年経験していてウンザリであった。車で通勤するようになった今でも、あれが懐かしいあの頃に戻りたいとは露とも思わない。
満員電車では、誤解される状況にも陥りやすい。
いわゆる「痴漢」というやつである。
大江健三郎の書いた性的人間を読み少々影響され、若い時分僕も痴漢をしてシテみたいと思ったことは無きにしも非ずだが、やることはなかった。「痴漢」は軽蔑すべき行為で何も得るものはないと考えるのは倫理上当然である。
高校生活も終わりかけていた頃、偶然電車の中で出会った友人のことを思い出す。
そいつとは小学校、中学校は同じで仲が良かったが、高校は違う高校に行き、全く疎遠になっていた。そいつは少々不良っぽいところがあり、真面目一辺倒で爽やか路線の僕とは何故だか気の合うところが多かった。それにお互いモテなくもなかった。「トンでもねえブスがお前のこと好きらしいぜー」「アリエネーっつーの」「このオンナ泣かせ」「じゃお前が付き合え」「やだ」「あはははは」と互いに揶揄しあったものだ。あ〜あ。鬱。もててー。
ある日、武蔵野線が風のために不通となり、別ルートでの通学を余儀なくされた日のことだ。同じ車両にそいつは乗っていて、声を掛けられた。
「よお久しぶり、元気?」「ほんと、お前が普通に高校に行ってるなんて信じられねーよ。」「俺があった中で一番アブねーやつだったからな」とまくし立てられた。確かに小中学校頃から落ち着きのなかった僕は、周りにはどのように思われていたのか少し訝ったが、「お前こそ、まだ高校生やってんのか」とやり返したが、負けていた。
取り留めのないどうでもいい会話が続き、ふと満員電車の話になった。
「満員電車って体が触れ合っちゃたりして痴漢に思われたり、メーワクだよな」と言うと、
「おれ、やったことあるぜ」と平然と答えたのだ。冗談かと思ったが、そうではない。目が、お前はないのか?ありえねーぜの目であった。
「マジカヨ」
「マジ」
当時童貞(現在も)の僕には、衝撃的であった。
「群衆」
1941年公開。戦前のフランクキャプラの作品。もち白黒。
アメリカは大不況のため、リストラの嵐が吹き荒れていた。新聞社では、リストラされそうな一人の女性社員が嘘の記事を捏造した。「クリスマスイブ、社会に抗議するため僕は飛び降り自殺します。ジョン ドー」という投書が新聞社に送られてきたという内容であった。その投書が世間に反響を呼び、架空の人物「ジョン ドー」を探せと会社から言われる。そこで、プロ野球選手を目指していた善良で純粋な心を持つ男が選ばれる。嘘を嘘で固めていく。そして男は「一年中、我々がクリスマスに感じる優しさを互いに与え合えば、国はきっと良くなる」と説く。「隣人を愛せ」という単純なスローガンを掲げ、政治的運動がアメリカ国内に広まった。マスコミに躍らせれる国民と嘘で固められた善良な一人の男の運命は・・・。そして、マスコミを操る者の本来の意図とは。
星☆☆☆☆☆
マスコミというものは、しばしば国民を汲ォ扇情し思わぬ方向へ誘導してきたことがあった。ルワンダで起きたジェノサイドでは、若者向けのラジオ局が「ツチ族を殺せ」と繰り返し、民衆を扇動したらしい。暗殺のリストを作り、実行するように放送した。極端に情報伝達が少ない地域において、このように歪められた情報を信じ、鉈を振り回すようになるにはたいした時間はいらない。
また、この日本において、何を信じ、疑い、見極めることが困難となり、ネットの異常な普及に伴い、情報の飽和状態であるために「言葉」ひとつひとつの力の意味が、希薄に感じられ始めている。だから、むしろ容易で判りやすい論理や扇動的で単純な言葉の方が、我々の意識に入りやすくなってしまうという逆説的な状況を危惧するばかりである。
今、まさに「群衆」は、目に触れないが確かに存在する形而上的で広大な「ネット」の中で増幅している。
「ネット」という究極の情報化社会に統合され「群衆」は、互いに連鎖し合い、依存しあう危うい状況なのである。
ところで、我々個々においては未知なものとの接触を非常に恐れる。夜間においてさらにその恐れは増長され、闇を恐れる本箔Iな感覚が、例え衣服を着ていたとしても、裸同然であるに等しく思わせる。現代においての孤独感と言い換えられようか。
だが、恐怖感から逃れるための唯一の手段が「群衆化」なのである。皮膚と皮膚の接触を極端に近づけ、身動きの出来ない程過密させることで、接触恐怖から逃れられるのである。
これが、群衆内部における「接触恐怖の転化」である。
例えば、ネットで繋がってると安心するだろう。携帯電話が無いと不安になるだろう。このゲンジン会っつうのもそうかも知れないかなあ?カッシー!
現代において情報の過密化こそ、群衆内部における「接触恐怖の転化」を象徴している。
そこでだ。
高校の友人がしていた「痴漢行為」は満員電車という「群衆化」を利用し、「接触恐怖の転化」による脱日常性から生まれでた、人間の根源的な特性を露呈してしまったのであった。人間の根源的特性とは、我々が受け継いできた「血」ともいえる。今風に言えば、DNAに組み込まれているもの。それは、狩猟的本狽ナあり、恐怖感からの逃走本狽ナあり、性的衝動の稚拙な現われなのである。
「そのようなことは、駄目なの。犯罪なのよ」といい、社会が目に見えない倫理観という枠組みを作り上げ、我々は痴漢を悪徳行為としてしまっているが、実は「満員電車」という非日常的状況において、根源的特性が露呈してしまうシステムそのものが、危うい装置なのである。
だから、人間の根源的特性を強く持ち、非常に倫理観の低い人種である僕は、「ネット」と「満員電車」には気をつけるつもりでいる。
オティンポ!!!!!!!!!!!
[2006.02.15 20:27] 時効と亀と雪、そして桝
今、やっているテレビドラマの鑑賞で非常に忙しい日々を送っている。
なかでも、時効警察が最高だ。
といっても、観たのは2回分くらいだが、最高だ。
解説するまでもないが、時効を迎えた事件を趣味で捜査するという馬鹿げた設定で、オダジョー扮する霧山と麻生久美子扮する三日月が劇中大騒ぎするドラマである。テンポ良く、歯切れの良いドラマ
である。
麻生久美子目当てで観たのだが、もう最高!麻生久美子は映画ばかりに出るいまどき珍しい映画女優(彼女出演の映画はいづれも鑑賞しており「カンゾー先生」のころからのファンである)であり連ド
ラ初主演らしい。
キャストも良いが、スタッフもいい。
演出は三木聡、園子温(代附は「自殺サークル」)、若松了(出演もしているよ)等。「自殺サークル」を観た時の衝撃は忘れがたく、ビデオ屋には類似作品が多く製作され陳列されている。
映画ファン必見のテレビドラマでもあるのだ。放映時間帯が深夜であるのが観やすい。まだ2回しか観ていないが。
「亀は意外と速く泳ぐ」
監督は、三木聡。主演は上野樹里、蒼井優。
普通の主婦であり、地味な人生を送り続けている主人公スズメ。生まれた病院は同じで、幼馴染みの派手な生活を送り続けているクジャク。スズメは何ひとつクジャクに勝てない。
そんなクジャクにコンプレックスを持ちつつ亀に餌を与えたり、掃除をしたりの退屈な日々をスズメは過ごしている。が、スズメはある日ふとしたことから、スパイのポスターを見つけ、スパイとして
活動することに。
普通の(目立たない)生活を余儀なくされたスズメは、意外にも「普通の生活」がいかに困難かということに気づく。そして、世の中の思わぬ意外な裏側を徐々に知ることとなっていく。
星☆☆☆☆と☆半分
最近観たものの中で突出した面白さ。
ふと、思ったのだが、ここで書いている作品の殆どは僕は褒めてばかりいる。駄目映画は、書く気にもならないが、一応「四月の雪」なる韓国映画観た。が、主演の女優目当てで観たのだが大胆なヌー
ドがあるかと思わせて、後ちょっとのとこで見えない(乳首が)カメラワークで非常にフラストレーションが溜まり、大魔黷オたい気分たんまり。ふぇふぇふぇふぇふぇふぇ。
星☆
ああ悪いことシテー。何もかも、持ってるもんにも飽き飽きで、うんざりだあ。蒸発したい気分だあ。何処に流れてー。誰かの人生メチャメチャにしてやりテー。火でもつけるか。誰の後をつけようか
。誰の家にはいろうか。どいつを掠ってやろうか。
幸せそうなやつ。バカみてーに大声で笑っているやつ。悪ぶるやつ。悲劇のヒロイン気取っているやつ。恋愛上主義人。他人より頭がいいという妄想人。倣岸なやつ。謙虚過ぎるやつ。愛想笑いの上手
なやつ。食事中、電話かけてくるやつ。無口なやつ。思ってもないくせに、そうですよねーとかいうやつ。自虐的なギャグしか言えないやつ。サムライぶっているやつ。愛を叫ぶやつ。空気の読めない
やつ。それを影で笑うやつ。良い人ぶって隙あらばヤルぜなやつ。天下取るとか言う意味不明なやつ。醜男。イケメン。ヤリチン。サセコ。いい女ぶるやつ。酒豪。下戸。初心者免許の運転手。子供好
きなやつ。黒人ぶっているジャポネーゼ。明日出来ることも今日やろうぜとかいうやつ。長電話好きなやつ。俺もそろそろ落ち着こうかなあとか口に出すやつ。でも、もとからジジクセーんだよなやつ。
孤独を売りにするやつ。友達100人いるやつ。目の腐ったやつ。化粧の時間がやたらなげーやつ。歯を磨かないやつ。電車でオンナを助けるやつ。人の話を聞かないやつ。大したこたーねーのに、
好きじゃない人とはしないとか言ってもったいぶるやつ。あーめんどくせーとすぐに言うやつ。頭の中でダンスミュージックが鳴ってるやつ。
とにかくウサンクセーやつ!!まとめてーせいれーつ!!!僕が家まで送ってやるよ。
順番に、みんな車にノレー!!!!
事故起こしてやるっ。
生き残った奴はあれをケツの穴にぶち込んでやるぜ!
そう思うが、5秒後には「普通の生活」を送るんだなー。そんな気持ち忘れちまって。
朝起きて、出勤。仕事が終わり、家で料理をつくり、テレビを観て、風呂に入り、たまにオティンポいじって、眠る。「普通の生活」のなんて幸せなことよ。
ん、まてよ。何かが足りない。
ああ、あれだな。人生のあれ。
あれって何だっけ。
ま、いっかあ。
さあて、テレビドラマでも観るか。
[2006.02.14 15:32] 猫と鰯
我が家には、猫が一匹いる。
その猫の母親は、黒猫で非常に賢く、大人しい性格。人懐っこい。真っ黒な猫は時に、不気味ではあるが、魔女の宅急便に出てくる猫ジジのように愛らしく、野良チャンではあったが、とても近所から賢いと評判の猫であった。餌などを気が向いたときにあげていたものだった。今思えば、無責任な行為ではある。
およそ10年前、あまり家にいることが少なかった僕は、朝方ではあったが久しぶりに実家で床に就こうとしていた。少し冷えた布団は、なかなか寝付けないものである。しかし、布団の冷たさとは違った「濡れた」感覚が僕の足につく。足を布団から出すと、血が付着していた。あせった僕は、「気のつかないところで、またこけて何れかに足を兆着し、出血したのでは」と訝った。
それより以前、実家で酔っ払い、トイレで小便をしているとき意識を失い倒れたことがある。翌朝、家族が大騒ぎをしていたので目が覚めた。トイレのタンクが、壊れておりトイレが水浸しになっていたのであった。俺がやったんだよとすぐには言えず、慌てている家族の様子をほくそ笑んで眺めていた。犯人はここだよーと。思いながら。おかげで、その後我が家は「ウォッシュレット」になったのだから感謝してほしいくらいである。
が、その日は酔っ払ってもなく、どこかで足を挫くことはありえない。布団をめくってみると、黒っぽい糞のようなものがあった。さらに、焦った。「脱糞か。いやまて、今布団に入ったばかり。寝グモヘありえない。」とココロを落ち着かせ、よくよく目を凝らしてみると。動いている。ウンコが動くはずもない。耳を澄ますと「にーにー」と小さな声で鳴いている。
ははぁん。がってん、がってん、がってんボタンを頭の中で押下した。部屋に入った時に、常に開けたままの窓から(網戸は閉めてあったが、破れている)から何かが飛び出していったのを思い出した。部屋が暗くて、判別しなかったが、例の黒猫であった。本当の部屋の主が突然現れたものだったから驚いて外へ出たのであった。
その猫が、僕のいない間、僕の布団の中、出産していたのであった。
およそ黒い物体は、僕の脱糞の異物ではなく生まれたての「子猫」であったのだ。
眠い、が、この「にーにー」鳴いている物体をどうしたものかと、摘まみ上げ、持て余していると、窓の外には例の黒猫がおり、「ニャーニャー」と異常な声を出している。おそらく子猫を心配しているのだろう。摘み上げた物体を外へ出すと、親黒猫は一目散に何れかに逃げ出した。
こうして、黒猫は出産し、子猫は成長し、「ちび」と命名され、我が家に今でも女王様のごとく振る舞い、我が家族を下僕のごとく扱い振り回している。黒猫は、しばらく親子ともども近所にいたが、そのうち子猫を置いて、蒸発してしまった。色々と猫事情を察する。
「ちび」は、非常にわがままに育てられた。母黒猫は一匹しか生まなかったせいもあるかも知れないが、我が家族が甘やかして、まさに「猫かわいがり」状態で育てた。その容姿は、毛が長くフワフワしており、顔つきには気品があり、およそ賢く人懐こい他黒猫とは違い、お高くトマッテいる。まったく家人には懐くようではないが、他人には「ニャーニャー」と愛想を振りまき、近所から評判の娘ではある。
そんな猫は、時折馬鹿で愚かな下僕に、ご褒美を銜えてくる。「見てくれ、お前らじゃ獲れないだろう。だから持ってきてやった。見て見て。褒めて」とばかりに、様々な獲物が我が家に搬入される。コウロギ、バッタといった昆虫類から、すずめなどの鳥類まで。特に目を見張ったのが、蝙蝠である。よくよく見ると愛らしい顔つきをしている蝙蝠は少々痛々しい様子でバタバタしていた。家の中に持ち込み、弄んだ後、食べた。女を拉致監禁、拷問、殺害を繰り返した青髭のような奴である。殆どの搬入物はその様に処理されたのだが、散らばったブツの破片等の後片付けは、下僕が処理をするのが常であった。
が、猫の搬入物で、我が家は四季を感じることができるのである。
この時期は、
「鰯(いわし)」
であろう。
節分において、夜に玄関先にヒイラギと鰯を吊るし、魔除け鬼除けとし一年の無病息災を祈願する慣わしがある。我が家の玄関にもその様に施していた。
節分の翌朝、やはり、鰯を銜えてきたのだ。「駄目だろうに、まったくう」と溜め息を漏らしつつ、僕は我が家の玄関先に吊るしてあるブツを確認するが、そこに在る。
おかしい。まさか。そう、おそらく、ちびはご近所様から失敬してきてしまったのだ。か、か、かわゆい。自分の家からではなく他所様から持参するとは。よくできた子だ。と、非常識な感慨を抱く。
普段は愛想のない猫。この絶妙な感覚、距離感が、Mっ気たっぷりな僕の本狽くすぐる。だから、やっぱり猫は大好きだ。べたつく犬は嫌いだ。
気ままな性格で自由な猫がよい。その様な性格が僕にもあるらしくよく猫のようだとか、雲のようだと言われる事ある。心外である。
日の光
今朝や
鰯のかしらより
与謝蕪村
春の立つ
猫と鰯が
足早に
Xen
もうすぐ春である。
[2006.02.11 02:09] SMについて「月光の囁き」
最近、寝起きで本棚に行き適当に本を取り、適当に開いた部分のページを頭に入れるということを実行しています。時に、声に出して読んでみたりします。
先日は「道程」で有名な高村光太郎詩集で、「葱」という詩でありました。芸術家でもあった光太郎が、知り合いが持ってきた葱をみて、その造形に感嘆し、俺の作品は葱に負けたぁという内容でした。朝から笑えました。
これは、大学時代、哲学の授業の先生がやっていたもので単に真似たものです。朝はボーッとした頭でいるからココロの深くにまで「言葉」が入るのだと言っていました。それから時折真似してみているのです。
その先生が、ある日朝手に取った本の話をしてくれたことをよく記憶しているのです。其れは「O嬢の物語」という本のことでした。その内容は当時童貞(現在も)の僕には衝撃的でした。
その本の冒頭に書かれていた内容です。
長期にわたり奴隷制度が続いていた国の話です。領主と奴隷は非常にいい関係でした。領主も人柄もよく奴隷は不平無く生活していました。
だが、ある日突如国から奴隷制度が無くなってしまったのです。
人柄の良い領主は奴隷達に「明日からお前らは自由の身だ。何処へでも行くがよい、好きにしろ。」という内容のことを言いつけたのでした。
さて、奴隷達はどのようにしたのでしょうか?
「月光の囁き」
数年前竹内結子が主演した映画「黄泉がえり」の監督塩田明彦が撮った昔の映画です。この監督は私の大学の先輩ということもあり注目していました。内容をかいつまんで。
剣道はめっぽう強いくせに、好きな女の子には負ける高校生。わざと面を打たれたりする。はじめ彼女は彼を好意的に思い、お互い自然に付き合い始めたのだが、何かギクシャク。ある日彼女は彼の部屋から妙な音が入ったテープを発見する。その女の子の小便の音だった。当然、幻滅した彼女は、別れようとするが、彼はしつこく付きまといを始める。そして彼女に別の彼氏が出来たことから異常な話が展開していく。かなりMッ気たっぷりの男の子と段々とSに目覚めていく女の子を爽やかに描いた青春ムービー。みなが純粋。究極の愛の物語。途中から非常に澱んだ気持ちになったが。なんてったってエンディングにはスピッツの曲が流れたりもする。見終わった後、アー爽やかーな気持ちに。原作者は一風変わった漫画家の喜国雅彦。やられた。
星☆☆☆☆
てな訳で、学生時代精神的な意味合いでSMに興味を持ち、人間の関係性についてよく考えたものです。今では、仕事柄いろんな夫婦ヤカップルを見たりもするのですが、本当に夫婦ってよくやっているなあと感心します。独身者だからかも知れませんが感心しますよ。マジ。
およそ考えられないようなキチガイによく耐えていたりする女性や男性を見ると感慨深い気持ちにもなります。
その関係性は、地上30メートルの命綱無しの綱渡りに似た、ギリギリのバランス感覚に似ていると思うのです。沫ヘ夫から逃げてきた女性について、他人から見れば、簡単に「別れちまえよ」考えます。が、どんなに沫ヘを振るわれようと「やっぱり好きなんです。」と蚊の鳴く様な声で言われると「あ〜世の中、頭では分からない理屈ではない何かがあるのだな」と思うのです。そんな時そんな「ギリギリバランス感覚論」を人間関係に当てはめて思うのです。単にセックスが良いとか悪いとかの問題じゃあありませんよね。理屈を超えた感覚(異常な精神状態のひとつが「恋愛」といえます)でなければ、人間の感情論は述べられません。
最後に先生の話の続き。
奴隷達は、互いに相談し考えた挙句、その領主を
殺してしまいました
。
そして、別に領主と見立てて(よく覚えていませんが領主の死体だったかもしれません)、奴隷達はまた奴隷時代と変わらない生活を送ったのでした。
という話でした。話の内容も衝撃的ではありましたが、朝からそんな本見てる先生って・・・。
話は、奴隷でいることが、いかに楽か(指示されたことをやればいい)をという話ではなく、
何かに縛られていなければ人は生きる意味を見失い、混乱を来たす
と言いたいのかと思いました。結婚もその関係性の一つでしょうし、親子関係、仕事もそうでしょう。責任感が我々を縛り、関係性を築けることだってあるのですからね。あらゆる関係性に強引ですがSMを見出せるようになりました。自分でも分かっていますが、本当に偏ったSMの一般化です。
マジそんなことが書かれてるのかと本を立ち読みしましたが、確かにそのような内容の記載が冒頭にありました。「O嬢の物語」の内容は分かりません。ただ、その本が言いたいことが冒頭に書かれているようで、読まなくてもいいと思ったから読みませんでした。映画もあるそうですが、単なるポルノ映画に過ぎない、つまらなかったと先生は言っていました。僕もその映画は観た事がありません。まあおそらく今後も観ないでしょうね。単なる外人のポルノなら日本人のアダルトビデオの方がよっぽど刺激的でしょうから。
[2006.02.08 22:28] 忘れないうちに点数評価「博士の愛した数式」
去年の暮れあたりに、我が家では大騒ぎがありました。母が帰郷先である岡山の山中で足を怪我したというものでした。
母方の実家は、非常に山深いところにある場所に位置し、横溝正史の映画「八つ墓村」の舞台として幾度も撮影に使われた場所であります。日本の秘境100選に名を連ねてもおります。その地域には鍾乳洞が多くあり、神秘的でもあります。時折山から声とも音とも判別の付かない「コーン」という物音を聞くと、少しばかり奇異な感覚に囚われるのです。山神の存在を感じられるのです。映画を観ていれば、分かりますが、かなりの「田舎」です。
横溝正史は、岡山を舞台した小説を他にも記していますが、戦時中の疎開先がそのあたりだったそうで。話中の津山30人殺しは実際にあった事件です。1時間ほどで村人の三分の一程度を殺害したという、大量殺人のオリンピックレコード。おそらく疎開中の横溝自身もこの事件の衝撃は大変なものだったのでしょう。小説にしているくらいですから。
昔、幼い時分に博物館のようなところへ連れて行かれ、その犯人の姿を再現した蝋人形をを見た記憶がございます。頭には懐中電灯をたてて、首から大きな電灯をぶら下げており、猟銃と日本刀がその蝋人形に持たされていたものでした。何故このような不気味なものを再現したのかは、図りかねます。その際、「悪いことすると、このナショナルが来て殺されるけん、きいつけいよお」と恐喝された事もおぼろげながら覚えており、そのために僕は悪いことは一切出来ずに良い子に成長しました。
いわゆるトラウマです。ナショナルとは犯人の通称名で、首からぶら下げていた其れを指していた思慮されます。
後年、津山事件についての本を読みましたが、余りの凄惨さに吐き気を催すものでした。たった1人の人間がどのように大量殺戮を実行していったのかを克明に記したノンフィクションものだったと記憶しております。
一方、小説八つ墓村は、凄惨さは陰を潜め殺人事件とお宝探しの娯楽本で非常に楽しめました。こちらはうちの田舎よりが舞台で、やはりこの地域のことはよく書かれていました。
両親は、家から見える昔の城跡に行くことになったそうで、城跡といっても山道で舗装もされていなかったようです。下山途中、足元が崩れ骨折し動けなくなったというものでした。
僕は、恥ずかしい話母親の世話を全くもって看れませんでした。代わりに姉や姉の旦那がよくしてくれたそうです。義兄はよくできた吾人です。
そこでようやく正月の休みが取れたので実家に行きました。母は足が不自由なため外に出ることを億劫がり、嫌がる母を無理やりに気分転換にと思い映画館に連れて行ったのでした。親孝行をしたくなってきたのです。そういうように思えるようになれました。一番の孝行は結婚して子供をもうけることなのでしょうが・・・。
「博士の愛した数式」
小説はかなり有名なものらしいけど知りませんでした。
つい最近「阿弥陀堂だより」という映画を鑑賞しました。イヤ、正確にはまだすべて観ていませんが(どうしても、後半にある神楽のシーンで眠ってしまいます。)、素晴しい映画だと思い、同監督作であるこの映画ならば間違いはないと思い観に行った次第であります。
記憶が80分しか持たない数学者とその家政婦親子の交流が、大げさになり勝ちなテーマをゆったりと余裕の演出で見事に描いていました。素晴しい。黒澤明の愛弟子とは到底思えないような自然体の演出が良かったです。数学というとっつきにくいテーマだが、授業形式で物語が進行して分かりやすい。僕は、泣き通しで観ました。母は、眠たそうでしたが。
このように母親と映画なんて初めての経験でした。大概、幼少の頃は、映画好きの父が連れて行ってくれたものでした。母は、見終わった後、やっぱ「ミュンヘン」が観たかったというようなことを言い出したので、すばやく帰宅したのです。
星☆5点満点で
☆☆☆☆
です。不満点を挙げるとしたら、たきぎ狽フシーンが長いと感じたことくらい。後は良かったかな。以上
[2006.01.08 20:20] 懐かしいとは。「三丁目の夕日」
年末ようやくNHKのプロジェクトXが最終回を迎えた。
様々なおう仰な演出でやり過ぎと批判された。もう扱うネタが無くなってきていた。終了は必然であった。
先人達はいかに凄い奴ばかりだったかというテーマで、おっさんドモが家でビールをクイッとやりながら昔を懐かしむ番組。
「ああいうエライおっさんドモのためにも、年金払うべきだぜ、ヤッパリ」と若者は思うかどうかは別だが。
最終回を録画し、早送りしながら見たが、やっぱり泣けた。オレも頑張ろうと思った。海外でも放送されたと番組内で言っていた。かつてャjーが小さい町工場から出発していたことに驚き、励みになったと感想を述べていた発展途上国人がいた。いい番組だなぁNHK。終わったけど。
「三丁目の夕日」
昭和30年代の風景を情緒的な視点で切り取り、VFXという手法でありふれた日常を描写するという「ありえない」映画。
この風景は、かつて昭和の名監督小津安二郎が切り取った風景に近似して、「ありえない」景色を描写した妄想映画であった。
まさにSFの新しい見方。
現代に蘇るありもしない郷愁を呼び起こす風景。見てもいない風景に懐かしいと感じる。
例えば、お台場やラーメン博物館のような「懐かし」レジャー施設で20歳ャRャRの女の子が、「なつかし〜」というウメB
面白い。
「おめー、みたことねーじゃんか」と突っ込んでみた。馬鹿っぽく。
映画も馬鹿にしていて観に行ったがしかし、ゴム模型飛行機が街を飛ぶオープニングから目頭が熱くなった。
僕もまんまと日本人として感じる情緒的「ウメvに騙されていた。
実際には見たことのない風景的「ウメvを懐かしむ。其れこそがまさにSF的ではないか。
漫画はガャ潟塔Xタンドでオイル交換している間に読んだ記憶がある。漫画自体は、たしかすでに懐かしい昭和50年代の連載だったと思うのだが。この頃からすでに昭和30年代の風景は懐かしいと感じていたのだろう。
映画は、今では貧乏人が住んでいたとは信じられない位の土地を舞台に展開していく人情話のオンパレード。
普通ならウンザリするのだが、体調が良かったので素直に感動。
う〜んこの頃の日本に生まれていればなぁと思う奴がいたら、周囲を見渡せばいい。
近くに、プロジェクトXに感動していた今では汚らしいおっさんドモがいるだろうに。
[2006.01.06 23:59] よかった探し
今日のよかった探し
スポーツクラブの玄関に入ると同時に、ローリングストーンズのブラウンシュガーのイントロが流れ、気分が跳ねた事。
2005以前
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フレームで開いてますか?